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武内神社(福知山市)

京都府福知山市大江町二箇(旧加佐郡大江町二箇)は武内神社。
国道175号「大雲橋北」交差点を南へ、
その先突当りの「大雲橋南」交差点を京都府道55号に沿い東へ向かう。
府道55号は舞鶴市上東で国道175号「藤津」交差点に合流するが、
この区間に西から武内神社(福知山市)、十倉神社(福知山市大江町二箇)、
伊智布西神社、藤津神社が鎮座する。
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資料を幾つか当たったが祭神や創建は不詳。
当社付近を山側へ登ると石子修理亮の居城跡がある。
伊智布西神社は式内社で、
倉神社は十倉五社大明神とも称する(角川歴史地名大辞典 京都府)。
十倉神社は福知山市大江町南有路にもあるが、
「とくら」は一説に福知山市大江町北有路の阿良須神社、
舞鶴市小倉の阿良須神社の「あらす」と語源をともにするという。
藤津神社は丹後国神名帳の正三位藤津明神に比定される。

例祭日は不明。2014年10月20日参拝。駐車場なし。
周辺に伊智布西神社、十倉神社、藤津神社のほか
臨済宗妙心寺派の長橋寺、曹洞宗の普門寺がある。
また余り関係ないが綾部市栗町中山に武大神社がある。


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by sionozaki | 2016-10-27 21:22 | 京都府(17) | Comments(0)

耳常神社(菰野町)

三重県三重郡菰野町小島は耳常神社。読み「みみつね」。
三重県道140号線「小島」交差点を東へ。
延喜式神名帳伊勢国朝明郡の耳常神社の論社。
他の論社は耳常神社(四日市市)。
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祭神 応神天皇。
また合祀祭神は天照大御神、保食神、建速須佐之男命、
市杵島姫命、大山祇神。
創建は不詳。
明治年間村社指定。大正4年神饌幣帛料供進社指定。
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伊勢国朝明郡の式内社は当社、伊賀留我神社、伎留太神社、能原神社、
石部神社、菟上神社、太神社、鳥出神社、八十積椋神社、志氏神社、
耳利神社、多比鹿神社、移田神社、櫛田神社、井手神社、殖栗神社、布自神社、
桜神社、井後神社、長倉神社、苗代神社、長谷神社の以上24坐である。

例祭日は10月9日・14日前後。2016年9月27日参拝。駐車場あり。
近隣に真宗大谷派の金蔵寺がある。


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by sionozaki | 2016-10-23 08:20 | 三重県(168) | Comments(0)

多比鹿神社

三重県三重郡菰野町田光は多比鹿神社。読み「たびか」。
国道306号「田光」交差点付近。
神社前を田光川が流れ田光川上流に八風キャンプ場があるが、
この八風キャンプ場のすぐ西側は滋賀県となる。
延喜式神名帳伊勢国朝明郡の多比鹿神社に比定される。
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祭神 多比理岐志麻流美神(たひりきしまるみのかみ)、
仁徳天皇、市杵嶋姫命、伊勢津彦命、天照大神、素盞嗚命、大山祇神。
多比理岐志麻流美神は大国主神の5世の孫で、
甕主日子神と比那良奈良志毘売(ひならしびめ)の間の子。
当地 田光郷を開発した祖神という。
創建は不詳。
近世は「天白大明神」と称していた。
明治6年村社指定。明治39年神饌幣帛料供進神社。
明治43年近隣の神社を合祀。
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田光地域にある「田光のシデコブシ及び湿地植物群落」は
国指定天然記念物。
シデコブシは愛知・三重・岐阜三県の限られた場所でしか咲かない。
伊勢国朝明郡の式内社は当社、伊賀留我神社、伎留太神社、能原神社、
石部神社、菟上神社、太神社、鳥出神社、八十積椋神社、志氏神社、
耳利神社、耳常神社、移田神社、櫛田神社、井手神社、殖栗神社、布自神社、
桜神社、井後神社、長倉神社、苗代神社、長谷神社の以上24坐である。

例祭日は10月14日。2016年9月27日参拝。駐車場あり。


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by sionozaki | 2016-10-23 08:01 | 三重県(168) | Comments(0)

鵜川原神社

三重県三重郡菰野町大強原は鵜川原神社。
三重県道140号「大強原」交差点付近。読み「うがわら」。
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祭神 天照大神、天児屋命、菅原道真、宇迦之御魂神、
八坂刀売命、応神天皇、建御名方命、市杵島姫命、建速須佐之男命、
若帯日子命、日本武尊、高皇産霊神、天照大御神、応神天皇、
伊邪那岐命、大雀命、天白羽命、宇気比神、大山祇神。
もと「御厨神明宮」と称し、字 宮瀬古に鎮座していた。
1656年(明暦2年)現在地に遷座、同時に大強原神社に改称する。
明治41年以降周辺の神社を合祀。県内の他の神社同様祭神が数多い。
境内社に奥宮稲荷社、表忠殿がある。拝殿。
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旧地である字 宮瀬古は、
垂仁天皇の御代に天照大御神が同殿同床からの脱却のため諸国を巡った際の
伊勢国野代宮と伊勢国奈其波志忍山宮(なごわしのあしのやまのみや)間の
頓宮跡である。頓宮とは行幸時の仮の宮のことである。
地名 大強原の読み方は「おおごはら」。

例祭日は10月9日、10日。2016年9月27日参拝。駐車場あり。
周辺に薬師堂、真宗本願寺派の光了寺、大谷派の盛願寺、西念寺がある。


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by sionozaki | 2016-10-22 10:17 | 三重県(168) | Comments(0)

菟上耳利神社

三重県四日市市伊坂町は菟上耳利神社。読み「うなかみみみとし」。
三重県道26号「菟上神社東」交差点付近。四日市JCTの下部。
延喜式神名帳伊勢国朝明郡の菟上神社の論社。
他の論社はいなべ市の菟上神社。
また延喜式神名帳伊勢国朝明郡の耳利神社の論社。
他の論社は穂積神社(四日市市)、耳常神社(四日市市)。
神社前を宇奈川が流れる。社号標。社号標には菟上神社とある。
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祭神 応神天皇、天児屋命、建速須佐之男命、大山祇神。
創建は不詳。
菟上神社と耳利神社が合祀された神社である。
菟上神社は応神天皇、天児屋命、建速須佐之男命を祀るが、
もと菟上王を祀っていたとされる。
菟上王は第9代開化天皇の孫で大俣王の子。
誉田別命に随行し曙立王とともに出雲大社に参拝という。
中世は「八幡社」と称していた。
明治41年耳利神社を合祀、菟上耳利神社となる。
社名の読み方について境内由緒表示、平凡社歴史地名大系、
延喜式神社の調査webページでは「うなかみ」耳利神社だが。
三重県道26号「菟上神社東」交差点の看板には「うながみ」耳利神社となっている。
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江戸時代当社近くの重地山で銅鐸が発見された。
高さ40.3cmのもので昭和27年3月 三重県指定重要文化財に指定。
現在は四日市市立博物館に寄託されている。
伊勢国朝明郡の式内社は当社、伊賀留我神社、伎留太神社、能原神社、
石部神社、太神社、多比鹿神社、鳥出神社、志氏神社、耳常神社、
移田神社、櫛田神社、井手神社、殖栗神社、布自神社、桜神社、井後神社、
長倉神社、苗代神社、長谷神社など24坐ある。

例祭日は4月22日。2016年9月27日参拝。駐車場あり。


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by sionozaki | 2016-10-22 09:12 | 三重県(168) | Comments(0)

穂積神社(四日市市)

三重県四日市市広永町は穂積神社。読み「ほづみ」。旧郷社。
三重県道66号「広永町」交差点付近。伊勢湾岸自動車道みえ朝日ICに隣接する。
延喜式神名帳伊勢国朝明郡の耳利神社の論社。
他の論社は
菟上耳利神社

また延喜式神名帳伊勢国桑名郡の穂積神社の論社。
他の論社は福王神社(菰野町)。遠景。

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祭神 饒速日命、伊賀香色雄命、菅原道真。
また天児屋根命、市杵島姫命、大山祇神を合祀。     
創建は不詳。
大和国山辺郡穂積邑また大和国十市郡保津邑に本拠を置いた穂積氏に
関わる神社であり、祭神の饒速日命もこれと関連する。
近世は「川嶋明神」、「団子の宮」と称されていた。
明治15年郷社指定。
境内にもとの社殿のものと思われる瓦、
力試しをした盤持石・磐持石がある。拝殿。
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延喜式神名帳伊勢国朝明郡には穂積神社、伊賀留我神社、伎留太神社、
能原神社、石部神社、菟上神社、太神社、多比鹿神社、
鳥出神社、八十積椋神社、志氏神社、耳利神社、耳常神社、
移田神社、櫛田神社、井手神社、殖栗神社、布自神社、桜神社、
井後神社、長倉神社、苗代神社、長谷神社の以上24坐が記されている。

例祭は10月15日。2016年9月27日参拝。駐車場あり。
周辺にいずれも式内社の井後神社、移田神社がある。


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by sionozaki | 2016-10-22 08:41 | 三重県(170) | Comments(0)

長谷神社(桑名市)

三重県桑名市桑部は長谷神社。読み「ながたに」。
三重県道3号「桑部橋南」交差点を西へ。
延喜式神名帳伊勢国桑名郡の長谷神社に比定される。
日本三代実録に記述がある国史見在社でもある。
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祭神 建御雷之男神。また斎主神、天児屋根命、姫大神、応神天皇、
大山祇命、天目一箇命、須佐之男命を配祀。
創建は神護景雲元年(767年)。鹿島神宮からの勧請である。
901年(延喜元年)完成の「日本三代実録」に
貞観元年年(859年)正月正六位上から従五位下への神階の記述がある。
正安年間(1299年~1301年)移転という。
伊勢国桑名郡の式内社は当社、桑名神社、佐乃富神社、尾津神社、小山神社、
野志理神社、多度神社、尾野神社、深江神社、額田神社、宇賀神社、
中臣神社、立坂神社の以上15坐である(うち桑名神社、尾津神社は2坐)。

例祭は10月17日。2016年9月27日参拝。駐車場あり。
2枚掲載したいところですが、当社でも写真が暈けてしまいました。


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by sionozaki | 2016-10-22 07:35 | 三重県(164) | Comments(0)

名古屋市~高浜町、舞鶴市、福知山市、綾部市、丹波市、篠山市、能勢町、小野市、神戸市、明石市、加古川市 

2016年10月10日(月)から4日間
京都府福知山市・綾部市、兵庫県丹波市を目的にして旅行する。
行き先について長野県千曲市、群馬県安中市とどちらにするか悩んだが、
今春に富山・新潟方面に行っているので丹波、神戸方面に決める。
雨ばかりの9月と10月始めから天候は移り変わり、
いずれの日も晴れ、過ごしやすい気温の中で散策ができた。
折角の機会だから時間があれば神戸の海神社にも行きたいと思い、
数は少ないが無事神戸、明石、加古川方面の神社参拝ができた。

朝は深夜2時の出発、
名古屋より41号、155号、21号、8号を用い明け方に敦賀着。
敦賀市内の神社を2社見た。
27号にて舞鶴に向かうが脇袋古墳群に立ち寄る、
ここ数か月古墳に興味を持ち始め少し本を見たり調べたりしていた。
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脇袋古墳群は膳部山の麓にある5世紀の古墳群で、
上ノ坊古墳、中塚古墳、西塚古墳、糠塚古墳からなる。
糠塚古墳と背後の山。
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古墳群のある脇袋には法順寺(真宗大谷派)、勝手神社がある。
法順寺木造十一面観音菩薩立像は国指定重要文化財。
ほか福井県内では若狭町三宅の信主神社と小浜市の加茂神社、
大成寺(高浜町)などに参拝して舞鶴市に入る。
敦賀―舞鶴間を走るのは2度目。
大体80km程だろうか、小浜の中心部を過ぎたらもうすぐな気がする。
国道175号の由良川沿いに向かうが
一旦「大手」交差点を南へ、式内社 倭文神社に参拝する。
鳥取にも同名社があるが倭文神社という名の神社に参拝するのは初めて。
大きな社叢、静かな社域はとても素晴らしい。
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すぐ近くの九重神社、古刹 満願寺には参拝できなかった。
この日はほかに伊智布西神社、阿良須神社(福知山市)、
諏訪神社(綾部市西坂町)に参拝し丹波市内の宿に向かう。
時間や駐車場の有無などの理由により福太神社、須波伎部神社、
篠田神社に参拝できなかったのはとても残念。
1日目は天満神社(敦賀市公文名)、野坂神社、脇袋古墳群、法順寺(若狭町)、
勝手神社(若狭町)、信主神社(若狭町)、加茂神社(小浜市加茂)、
為星寺、大成寺(高浜町)、倭文神社(舞鶴市)、
伊智布西神社、阿良須神社(福知山市)、
諏訪神社(綾部市西坂町)の13ヶ所に参拝、訪問しました。

2日目は朝8時半頃に宿を出て、丹波市の旧春日町地域・旧市島町地域を見る。
阿陀岡神社と鴨神社(丹波市市島町梶原)は今まで参拝してきた中で
最も素晴らしい神社の一つとなった。
どちらの社からも見える小富士山が美しい。鴨神社。

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済納寺、岩戸寺も古刹の空気が漂っていた、
丹波にはインドの僧 法道が開いたと伝える寺院が多い。
昨夜に余り計画を練らず、ここから大阪府豊能郡に向かうこととする。
柏原の中心街を過ぎて鐘ケ坂トンネルを越えた。

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鐘ケ坂トンネル付近の苅野神社には3年前に来たことがあるが、
この峠付近には苅野神社神宮寺の円城寺(丹波市)、
大歳神社(丹波市柏原町上小倉)、神田神社、
追入神社、味淵神社・味渕神社、追手神社、
高蔵寺(丹波市)、大乗寺(丹波市)など社寺が多い、
大乗寺を除いてすべて参拝できたのは光栄だった。
お椀のような形をした夏栗山。

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国道372号・173号「安田西」交差点を南へ、
大阪府豊能郡能勢町に入った。
これより摂津国だがこの辺りは大阪府といえども山中、
南丹・篠山に多い古い家々が見られる。
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「愛しきものたち」という古い家々や石仏のサイトがあるが、
正に「愛しきもの」と思う。
そして岐尼神社(式内社)に参拝。

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古めかしい集落内に静かに鎮座していた。
すぐ近くの蓮華寺(能勢町)、観音寺(能勢町)も見るべき寺院、
偶然お会いした宮司さんに承諾を得て寺院まで歩いた。
173号線から477号に抜ける峠道沿いの
久佐々神社に寄らなかったのはとても後悔。
京都府道73号線を走り偶然見つけた佐々尾神社、岩城神社は素晴らしかった。
園部駅周辺では警察車両が何台も居た、何か事件かお祭りだろうか。
今日参拝できなかった久佐々神社、藤越神社、
久留守神社、九手神社には次回必ず参拝したい。

2日目は鴨神社(丹波市市島町梶原)、済納寺、岩戸寺(丹波市)、
愛宕神社(丹波市市島町上垣)、大歳神社(丹波市柏原町上小倉)、
円城寺(丹波市)、追入神社、追手神社、味淵神社・味渕神社、
大日寺(篠山市)、岐尼神社、蓮華寺(能勢町)、
観音寺(能勢町)、佐々尾神社(亀岡市)、
岩城神社(亀岡市)、高倉神社(京丹波町和田安階)、
天満神社(福知山市三和町草山)の17ヶ所に参拝しました。



3日目は国内で最も古い焼き物の一つ丹波焼を見ようと
篠山市今田町上立杭に車を走らせた。
川沿いの山道に幾つもの窯元が連なっている。
陶の里・日本六古窯現代名陶館にも立ち寄った。

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幾つかの窯元に入り陶器を手に取れば、
普段使っている陶器と異なる質量、窯元ごとの個性が感じられた。
それぞれの窯元は週末の丹波陶器祭りの準備で忙しそうにしている。
住吉神社(篠山市今田町上立杭)、和田寺(天台宗)もあり、
一日掛けてゆっくり歩くのもとても素敵だと思うのだが、
午後は綾部市方面に向かう。

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国道175号の塩津峠に石像寺、清薗寺などの看板が見える。
塩津峠を下りた所に一宮神社(福知山市堀)は鎮座する、
想像以上の大きな社殿・社域であった。
それから京都府道8号にて綾部市資料館・私市丸山古墳へ。

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資料館付近の氏政神社・御手槻神社は駐車が出来なかったが、
大きな目的地 稲粒神社にはゆっくり参拝できた。
日が暮れつつある中、
なんとか粘って加茂神社(福知山市猪崎)、庵我神社に行く。

3日目は高蔵寺(篠山市)、住吉神社(篠山市今田町上立杭)、高仙寺(篠山市)、
神田神社(篠山市)、加茂神社(丹波市市島町)、
一宮神社(福知山市堀)、高倉神社(綾部市)、天満神社(綾部市多田町)、
聖塚・菖蒲塚古墳、佛南寺(綾部市)、私市丸山古墳、
稲粒神社、加茂神社(福知山市猪崎)、庵我神社の14ヶ所に参拝、訪問しました。


4日目は最終日。
国道175号にて神戸・明石まで行く計画である。
神戸に入り目についた春日神社(神戸市西区平野町宮前)は偶然にも式内論社。
能舞台が大きく構えられているのが印象に残る。

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国道175号はやがて明石市の「和坂」交差点にて
終点を迎えた(実際は和坂が起点、今回は舞鶴から向かった)。
林神社(明石市)参拝後は国道2号を東へ、海神社のある神戸市垂水区へ。
海神社は一日33,000人以上の人が利用する垂水駅のすぐ近く。

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明石海峡大橋が望める地点でもあった。
海の神を祀る大社らしく海沿いに大きな鳥居が構えられていた。

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一の鳥居付近は工事中。そうでなければ様々な角度やカメラで
ゆっくり写真を撮りたかった。とても残念。
最後に加古川市内で2社参拝、日が落ちたので帰路に就いた。
帰路では敏馬神社、綱敷天満宮が目に付く。
国道2号、43号で大阪府大正区・西成区に向かうが、
国道43号は常に青信号になるよう制御され
この区間は名古屋以上に都会であると感じた。
下道ばかり使うものだから名古屋着は日が変わった14日深夜となった。
合計の走行距離は約1,150km、撮った写真の合計は2,400枚でした。
3年前篠山市・丹波市柏原町に出掛け好きになった兵庫県だが、
今回丹波市春日町、丹波市市島町に滞在し より好きになってしまった。
丹波市と舞鶴・福知山・綾部地域は、
糸魚川・妙高・上越と同等に私の中で最もお気に入りの地域となった。
気が早いけれど来年も再来年も行く方向、
愛知県内に住む三重の大学の同期も丹後・丹波に興味が強い様子で、
今回が最後ということは決してない。
再訪できるよう仕事と健康に気を付けようと思います。

4日目は百毫寺(丹波市)、阿陀岡神社、歌道寺、興禅寺(丹波市)、
兵主神社(丹波市)、春日神社(西脇市)、浄土寺(小野市)、
春日神社(神戸市西区平野町宮前)、林神社(明石市)、
海神社(神戸市)、住吉神社(加古川市平岡町山之上)、
尾上神社(加古川市)12ヶ所に参拝しました。
今回参拝した社寺等の掲載は年内いっぱいか来年まで掛かります。
今回の京都・兵庫より先に三重分が先となります。

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by sionozaki | 2016-10-14 13:10 | 散策の記録・旅日記 | Comments(2)

念興寺(郡上市)

岐阜県郡上市和良町沢(旧郡上郡和良村沢)は念興寺。
国道256号沿いにある。戸隠神社(郡上市)の東側。
真宗大谷派。松沢山。本尊 阿弥陀如来。
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寺伝によれば1301年(正安3年)祐西が長瀧寺(郡上市)の僧に帰依し、
字寺平に堂を建立したという。
天暦年間(947年~957年)郡上市美並町の西の岳に妖鬼が棲み人々を苦しめていた。
村上天皇は藤原高光を遣わせこの妖鬼を退治したが、
この時の妖鬼の頭蓋骨(鬼の首)を保有し、拝観もできる。
念興寺の大イチョウは郡上市指定天然記念物。

2016年9月15日参拝。駐車場あり。


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by sionozaki | 2016-10-09 13:00 | 岐阜県(152) | Comments(0)

戸隠神社(郡上市和良町)

岐阜県郡上市和良町宮地(旧郡上郡和良村宮地)は戸隠神社。
国道256号沿いにある。磐座のある神社として知られる。
下呂市内の国道41号「保井戸」交差点を西方面へ、
または国道156号「城南町東」交差点を東方面へ進んで行く。
念興寺(郡上市)の西側。
美濃国神名帳「正六位上国津明神」の論社。
他の論社は若宮八幡宮(郡上市美並町上田)。社号標。
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祭神 手力男之命。
創建は不詳だが、社殿背後に磐座があり古代の神社と考えられる。
高山市(旧 丹生川村)の高野山真言宗 千光寺蔵の白紙墨書大般若経に
「奉施入九頭大明神御宝前」と記され、
この九頭大明神は当社に比定される。
1594年(文禄3年)雷により社殿その他を焼失した。
境内社に御鍬神社(祭神 豊受大神)などがある。
明治7年戸隠神社に改称。
昭和35年岐阜県下の社格 銀幣社に指定。
前述の千光寺白紙墨書大般経は地頭 橘頼綱が
文永8年~建治元年(1271年~1275年)に写経したもので
岐阜県指定重要文化財。拝殿。
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戸隠神社社叢と戸隠神社一本杉は岐阜県指定天然記念物。
戸隠神社棟札、戸隠神社大般若経残闕、戸隠神社棟飾り一式・軍配一式、
戸隠神社振板獅子頭二体、山狛犬一対、金泥馬酌一対、
戸隠神社御神輿一式、十二支浮彫、扁額、
戸隠神社舞台二棟、戸隠神社鰐口は郡上市指定文化財。
戸隠神社重ね岩(磐座)は郡上市指定天然記念物。
戸隠神社一本杉(県指定天然記念物)。
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石徹白の杉(国指定)、熊野神社神ノ御杖杉(国指定)、
那比新宮神社社叢(県指定)、明建神社社叢(県指定)、
星宮神社・粥川鰻棲息地など郡上は自然と文化財の宝庫と思います。

例祭日は10月第二日曜日。2016年9月15日参拝。駐車場あり。
千光寺(高山市)は以前から知っている寺院、来年中には行きたい。
今年(平成28年・2016年)参拝した神社の中では
佐久田神社、大野神社(糸魚川市)、星宮神社(郡上市)、
那比新宮神社、津野神社(高島市北仰)、八木神社(愛荘町)、
鈴休神社、矢川神社(甲賀市)、倭文神社(舞鶴市)、阿良須神社(福知山市)、
阿陀岡神社、鴨神社(丹波市市島町梶尾)、
海神社(神戸市)とともにたいへん素晴らしい神社でした。
周辺に真宗大谷派の念興寺(郡上市)などがある。


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by sionozaki | 2016-10-06 11:37 | 岐阜県(151) | Comments(0)