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二見興玉神社

三重県伊勢市二見町江(旧度会郡二見町江)は二見興玉神社。
読みは「ふたみおきたま」。夫婦岩のある神社として有名。別表神社。
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祭神は猿田彦命(さるたひこのみこと)、宇迦御魂。
当社から少し離れた江地域内に境内社の栄野神社がある。
その栄野神社方面に行基菩薩が創建したと伝える
太江寺(たいこうじ)があるが、その寺内に興玉社が存在する。
この興玉社は二見興玉神社の元社といい、
地主神社にあった興玉神を太江寺の鎮守として祀ったものという。
つまり現在の二見興玉神社はここより移動されたものである。
宇迦御魂はもと近くにあった三宮神社に祀られており、
明治43年(1910年)に興玉社と合祀、二見興玉神社と改称した。
境内には天照大神が隠れたという洞窟(天の岩屋)がある。
当社の神の遣いとして蛙がおり、その所以から蛙に因んだ置物などが多くある。

例祭日は7月15日。2012年2月14日参拝。駐車場多数あり。
この日延喜式神名帳の江神社の論社の江神社に行きましたが、
写真の大きさの規格を間違えたので次に見送る。
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by sionozaki | 2013-02-19 17:49 | 三重県(174) | Comments(0)

御塩殿神社

三重県伊勢市二見町荘(旧度会郡二見町荘)は御塩殿神社。
内宮(皇大神宮)所管社。
読み「みしおでん」または「みしおどの」。

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祭神は塩土老翁。
参考になる資料がなく創建は不詳。
内宮・外宮の両宮に供える塩を製造する御塩殿の神社である。
二見における塩焼の歴史は古く、
二見や大湊では製塩が盛んであった。
御塩殿神社としては古く社殿を持たなかった。

10月5日に御塩殿祭が行なわれる。
2012年2月14日参拝。神社東の二見浦海水浴場の駐車可。

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by sionozaki | 2013-02-19 17:19 | 三重県(174) | Comments(0)

能褒野王塚古墳

三重県亀山市田村町名越は能褒野王塚古墳。
亀山市内を走る国道306号「八島橋東詰」交差点を東へ、
その先「名越」交差点付近。
付近は「のぼのの森公園」として整備される。
延喜式に載る「能裒野墓」に治定される。日本武尊の御墓。
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日本武尊は景行天皇の皇子で別名小碓命(おうすのみこと)。
九州、出雲、東国の平定後 伊吹山の神に敗れ、
能褒野のこの地で亡くなったと伝える。
当墳は前方後円墳で、全長90m、高さ9m。
4世紀末の築造。周辺には十数基の陪塚がある。
出土品に鰭付朝顔形埴輪と埴輪などがある。
古く大塚・丁字塚と呼ばれた。
能褒野墓は鈴鹿市加佐登の白鳥塚が有力視されていたが、
明治12年当時の教部省は当古墳に決定した。
明治28年に日本武尊を祀る
能褒野神社が創建された。
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当地に埋葬後 その魂は大和国琴弾原、
そして河内国旧市に降り立ったことが記され、
三重県亀山市の能褒野大塚古墳、当地の日本武尊白鳥陵
大阪府羽曳野市の軽里大塚古墳を「白鳥三陵」という。

2013年2月7日訪問。駐車場は「のぼのの森公園」にあり。

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by sionozaki | 2013-02-19 16:31 | 古墳・陵墓(21) | Comments(0)

河原神社(伊勢市)

三重県伊勢市御薗新開(旧度会郡御薗町新開)は河原神社。
読みは「かわら」。延喜式神名帳伊勢国度会郡鎮座の河原神社。
延喜式神名帳には「川原大社」と記載される。
国道23号「新開北」交差点を北へ。左手・西側を注視すると当社の森が見える。
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祭神は川の神、水の神。現在の鎮座地は旧来の場でないという。
他の神宮所管社と同じく中世には廃絶しており、寛文3年に再興されている。

例祭日不明。2013年2月13日参拝。駐車場なし。
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by sionozaki | 2013-02-14 22:39 | 三重県(174) | Comments(0)

志宝屋神社

三重県伊勢市大湊町は志宝屋神社。読みは「しおや」。
豊受宮末社。国道23号「新開北」交差点を北へ、
その先の橋を渡ってすぐに左折すると森が見える。この森を「鵜の森」という。
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祭神は塩土老翁(しおつちのおじ)。
参考資料がありませんので、短い紹介となります。

例祭日4月8日。2013年2月13日参拝。駐車可(田舎)。
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by sionozaki | 2013-02-14 22:31 | 三重県(174) | Comments(0)

能褒野神社

三重県亀山市田村町は能褒野神社。読みは「のぼの」。
この亀山市田村町には日本武尊の墓である能褒野王塚古墳がある。
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祭神は日本武尊、
また配祀として建見児王(たけかいこのきみ)、
弟橘姫命(おとたちばなひめのみこと)で、創建は明治28年。
建見児王は日本武尊と穴戸武媛(あなとたけるひめ)の子で、
弟橘姫命は日本武尊の妃。
能褒野王塚古墳は三重県屈指の古墳(円墳)。
明治12年に当時の内務省により日本武尊の御陵とされたが、
大阪府羽曳野市の軽里大塚古墳、奈良県御所市の琴弾原白鳥陵、
鈴鹿市加佐登の白鳥塚も有力である。
当陵と羽曳野の軽里大塚古墳、御所市の琴弾原白鳥陵は白鳥三陵という。

日本武尊は景行天皇の子で九州、出雲、東国を平定した後、
伊吹山へ向かうが伊吹山で出会った猪又は蛇を甘く見て
神の怒りを受けて、この亀山の能褒野の地で亡くなるのである。
古事記には命が当芸野(たぎの、岐阜県関ケ原町)の地で足が腫れる話があるが、
谷川健一氏は伊吹山山麓にいた製錬に従事する集団(伊福部氏)と
関係があると指摘する(青銅の神の足跡、集英社)。

例祭日4月8日。2013年2月7日参拝。駐車場はのぼのの森公園にあり。

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by sionozaki | 2013-02-14 22:17 | 三重県(174) | Comments(0)

石積神社(津市河辺町)

三重県津市河辺町は石積神社。読み「いしたて」。
延喜式神名帳伊勢国安芸郡記載の石積神社の論社。
もう一つの論社は津市大里窪田町の同名神社で、
そちらは「いしづみ」と読む。

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祭神は大山祇神、伊弉諾尊、伊弉冉命、その他。
巨石を神体とし、
「石立明神」と称していたという(延喜式神社の調査)。
明治43年に近隣の7地区の神社を合祀。
安芸郡の式内社は他に伊奈富神社、比佐豆知神社などがある。


例祭日10月9日。2013年2月7日参拝。駐車可。
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by sionozaki | 2013-02-14 21:18 | 三重県(174) | Comments(0)

津八幡宮

三重県津市八幡町藤方は津八幡宮。結城神社のすぐ近く。
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祭神は応神天皇。室町時代足利将軍による創建という。
文献が少ないので短い紹介となります。

例祭日は不明。2012年2月7日参拝。駐車場は結城神社へ。
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by sionozaki | 2013-02-14 21:18 | 三重県(174) | Comments(0)

穴師神社(松阪市)

三重県松阪市立田町は穴師神社。
延喜式神名帳伊勢国多気郡の穴師神社の論社。
他の論社は金剛座寺(天台宗)境内の社。
「穴師」を冠する神社は穴師坐兵主神社、
泉穴師神社など日本各地にある。

奈々美神社がすぐ近くに鎮座する。
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祭神 建速須佐之男命。
また穴織神、萬幡豊秋津姫命。
創建は不詳。
もと字 杉社という所にあったという。

境内の由緒碑には大和又は多気郡丹生から流入した穴師族の神社、
または強い西北の季節風から作物を守る神社 といったことが書かれる。
大和から流入した穴師族とは穴師坐兵主神社を、
多気郡丹生から流入した穴師族とは丹生神社(多気町)のことを
示すものと思われる。
この「あなし」とは鉄の採取・採掘に関わる言葉であり、
それを行った部族をいう。
また西北風あるいは風の意の「アナセ」・「アラシ」であるという説もある。
隣接の公民館に小さな梵鐘のようなものがあるのが面白い。

例祭日は2月11日。この日には「よいよい祭」が行われる。
2013年2月7日参拝。駐車場なし。
松阪市内に一文字違いの紀師神社がある。

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by sionozaki | 2013-02-13 03:13 | 三重県(174) | Comments(0)

宇須乃野神社

三重県伊勢市御薗町高向南世古(旧度会郡御薗町高向南世古)は宇須乃野神社。
読みは「うすのの」。延喜式神名帳伊勢国度会郡に記載の宇須乃野神社。
伊勢市を走る県道37号に「宮町」信号機があり、そこを北(23号)方面へ。
周辺の道は狭いが、社叢は比較的大きい。
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祭神は宇須乃女神(うすのめのかみ)。この神は穀物の女性神という。
創建は不詳。他の神宮関係の神社と同じく中世は廃絶しており、
1663年(寛文3年)に再建されている。
例祭日不明。2013年1月26日参拝。駐車場なし。
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by sionozaki | 2013-02-13 02:41 | 三重県(174) | Comments(0)