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日吉神社(神戸町下宮)

岐阜県安八郡神戸町下宮は日吉神社。
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祭神は大己貴命、大山咋命、湍津姫命、白山比咩神、鴨玉依姫命など。
その他境内社に白髭神社、御鍬神社、神明社などがある。
創建は817年(弘仁8年)。
神戸町内には日吉神社がニ社あり、当社は下社とされている。
勧学院は神宮寺。

例祭日は不明。2011年10月29日参拝。駐車場あり。

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by sionozaki | 2011-10-31 16:20 | 岐阜県(70) | Comments(0)

都波岐神社・奈加等神社

三重県鈴鹿市一ノ宮町は都波岐神社・奈加等神社。
読みは「つばき」・「なかと」。
椿大神社と共に伊勢国一宮を名乗るが、
同市山本町の椿大神社が有力である。
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都波岐神社と奈加等神社はもと別宮であった。
二社とも式内社であり、
都波岐神社の祭神は椿大神社と同じ猿田彦命。
奈加等神社の祭神は中筒男命、天椹命(あまのくののみこと)。
創建は479年(雄略天皇23年)と伝える。
近隣に別当寺の神宮寺(宗派不明)が存在する。
神仏分離以降寺は衰退し、現在は小さな寺院となっている。

例祭日不明。2010年10月10日参拝。駐車場あり。
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by sionozaki | 2011-10-22 06:59 | 三重県(148) | Comments(0)

長瀬神社(鈴鹿市)

三重県鈴鹿市長沢町は長瀬神社。読み「ながせ」。
延喜式神名帳伊勢国鈴鹿郡の長瀬神社の論社。
もう一つの論社は亀山市の長瀬神社(亀山市)。
また同名社が岐阜県美濃市などにもある。

画像は都合により削除しました。

祭神は日本武尊、底筒之男命、中筒之男命、
表筒之男命(住吉三神)、その他。
もと当地より北の北帝という地にあったが、
明治44年現在地に遷座した。
論社というものの当社が有力視されるという(歴史地名大系、平凡社)。
境内の高備塚古墳群は、日本武尊の能褒野陵と見られているが、
延喜式の能褒野陵は亀山市の能褒野王塚古墳に決定されている。

例祭は10月10日。2011年10月10日参拝。駐車場あり。
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by sionozaki | 2011-10-21 07:39 | 三重県(152) | Comments(0)

小岸大神社

三重県鈴鹿市小岐須町は小岸大神社。読みは「おぎしおおじんじゃ」。
延喜式神名帳伊勢国鈴鹿郡の小岸大神社に比定される。
鈴鹿ICより椿大神社方面に向かい、突き当たりを左折する。
小岐須渓谷の入り口付近。
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祭神は高皇霊尊(たかみむすひのみこと)という。
古くは別の場所にあったとされる。
この地区名の「おぎす」と神社名「おぎし」の名が近い。

例祭日不明。2011年10月10日参拝。近隣に駐車可。
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by sionozaki | 2011-10-20 13:24 | 三重県(139) | Comments(0)

椿大神社

三重県鈴鹿市山本町は椿大神社。
延喜式神名帳伊勢国鈴鹿郡の椿大神社に比定。
また境内別宮の椿岸神社は三重郡の椿岸神社の論社。
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祭神は猿田彦大神(さるたひこのおおかみ)。
相殿に瓊々杵命、栲幡千々姫命、
配祀に天之宇受女命、此花咲耶姫命。
その他合祀祭神が多数ある。
猿田彦大神は古く伊勢国を治めていた神。
伊勢国一宮は同市一ノ宮町の都波岐奈加等神社とする説もあるが、
奉納された大般若経の記述などから当社と見ることが有力というである。
垂仁天皇27年、倭姫命の神託により
神代より祀られて来た猿田彦大神を社殿を設け祀ったという。
「椿」の名はこの地に椿があったからという説や、
仁徳天皇の夢のお告げによるものなど諸説ある。
神階は白河天皇の御代に正三位昇進している。
1583年(天正11年)の兵火により社殿・古書を焼失。
境内の行満堂は行満大明神を祀る、
行満大明神とは猿田彦大神の神孫。
別当寺として神宮寺、神宮尼寺があった。

昭和初期に内務省神社局の調査により、
当社が猿田彦大神を祀る神社の総本社とされたが、
この神の本流は実際のところは分かっていない。
伊勢国に於いて最も格式の高い神社(名神大社)が、
多度大社と松阪の阿射加神社であることから、
阿射加神社と考えられるからである。
伊勢市の猿田彦神社という説もあるが、
この神社は創建の新しい神社であり、
本流ではないと見るべきである(サルタヒコ考、臨川書店)。

2011年10月10日参拝。駐車場あり。
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by sionozaki | 2011-10-19 14:51 | 三重県(139) | Comments(0)

高岡関野神社

富山県高岡市末広町は高岡関野神社。
三社一体の神社であり その一つ加久弥神社は
延喜式神名帳越中国射水郡の加久弥神社の論社。
他の神社は氷見市の加久弥神社。旧県社。

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伊弉冉命、速玉男命、事解男命、前田利長など。
相殿に素戔鳴命、加具土神。
三社一体の神社とは、
関野神社、高岡神社、加久弥神社の三社で、
加久弥神社は式内論社。
関野神社は1604年(慶長9年)に
水戸田村の熊野社から勧請したことに始まり、
高岡神社は1610年(慶長15年)前田利長が
高岡城鎮守の為に建立した稲荷社が始まり。
加久弥神社は「神明社」と呼ばれる境内社だった。
境内社に天満社、松尾社、住吉社などがある。

例祭日は3月15日、8月15日。2011年9月16日参拝。駐車場不明。


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by sionozaki | 2011-10-05 15:01 | 富山県(8) | Comments(0)

気多神社

富山県高岡市伏木一宮は気多神社。読み「けた」。
延喜式神名帳能登国射水郡の気多神社に比定される。
名神大社。越中国一宮。旧県社。
但し一宮は高瀬神社、二上射水神社とする説もある。

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祭神は大己貴命、奴奈加波比売命。
相殿に菊理媛神、事代主神。
当社の創建については定かでなく諸説あるが、
創建は717年(養老元年)または718年(養老2年)という。
越中国より能登国が分離した後に、
能登の気多大社より勧請したものといわれる。
よって「新気多」とも称される(日本の神々、白水社)。
神宮寺として慶高寺(真言宗)があり、
最盛期には支院約50坊が存在した。
混淆時の仏像文殊菩薩像、地蔵菩薩像、毘沙門天像は現存する。
社名「けた」を冠する神社はこの地域に多く、
能登の気多大社、越後の居多神社の語源と共通する。


奴奈加波比売命は沼河比売姫命とも書かれ、
糸魚川の能生白山神社奴奈川神社
天津神社・奴奈川神社などで祀られる。

例祭日は4月18日と9月25日。
2011年9月16日参拝。駐車場あり。


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by sionozaki | 2011-10-05 14:52 | 富山県(8) | Comments(0)

気多大社

石川県羽咋市寺家町は気多大社。
羽咋市内の国道249号「気多大社前」交差点を北へ。
延喜式神名帳能登国羽咋郡の気多神社に比定される。
名神大社。旧国幣大社。能登国一宮。単立。
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祭神 大己貴命。
天平宝字3年(759年)以後成立の「万葉集」に
天平20年(720年)越中守大伴家持が出挙のため能登に巡行し当社に
参拝し歌を詠んでいることが初見である。
神護景雲2年(768年)封戸二十戸と田二町を寄せられた。
斉衡2年(855年)には神宮寺には神宮寺が建立された。
第8代孝元天皇の御頃には七尾市の宮山に鎮座し、
第10代崇人天皇の御頃に当地に遷座されたと伝え、
七尾市に気多本宮と称される能登生国玉比古神社が存在する。
祭神について天活玉命とする説がある(歴史地名大系、平凡社)。
「気多」は古く「気太」とも表記され、
折口信夫はこれを「橋桁」の意とし、海より来たる神の目印であるという。
境内社に白山神社、若宮神社、奥宮社、揚田神社、太玉神社
菅原神社、奥津島神社などがある。
大正4年国幣大社指定。
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気多大社本殿は国指定重要文化財。
神宮寺は一説に749年~757年頃の創建という。
中世後期から多くの支院が建立され、
薬師院、正覚院、地蔵院、長福院などが存在したが、
明治初年神仏分離に依り廃寺となった。
隣接の正覚院(高野山真言宗)では、
木造阿弥陀如来立像を有し国指定重要文化財。
また銅板打出十一面観音懸仏は、石川県指定重要文化財。
もと気多大社摂社白山社にあったものという。

例祭日は4月3日。2011年9月15日参拝。駐車場あり。


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by sionozaki | 2011-10-04 14:01 | 石川県(2) | Comments(0)

羽咋神社

石川県羽咋市川原町は羽咋神社。旧県社。
羽咋市内の国道249号「中央町北交差点」を東側に入る。
延喜式神名帳能登国羽咋郡の羽咋神社の論社。
他の論社は八幡神社(羽咋市川原町)。
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祭神 磐衝別命、磐城別王命、弟苅羽田刀弁命。また道反大神。
創建は不詳。
古代の羽咋郡に於ける氏族 羽咋君・羽咋氏に
関連する神社と考えられる。祭神磐衝別命(岩撞別命とも)は、
第11代垂仁天皇と弟苅羽田刀弁命の間の子。
その磐衝別命の子である磐城別王命が羽咋の国造とされる。
古くこの羽咋の地は未開の地であり、
治安も悪く更に滝崎の森には怪鳥が棲んでいた。
垂仁天皇はこれを改善しようと磐衝別命を向かわせた。
磐衝別命の死後 村人達が命の墓を築いたといい、
神社裏手に大塚古墳がある。
境内社に八幡社、稲荷社、魚取神社などがある。
明治5年郷社指定。明治14年県社指定。
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大塚古墳は前方後円墳で、凡そ1600年前の造立と見られる。
この磐衝別命墓のほか大谷古墳、姫古墳、稲荷古墳、痛子古墳、剣古墳、
水犬古墳の七つの古墳があり、羽咋七塚という。
能登国羽咋郡の式内社は、
相見神社、神代神社、百沼比古神社など14坐ある。

例祭日は9月24日。2011年9月15日参拝。駐車場あり。

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by sionozaki | 2011-10-02 12:58 | 石川県(2) | Comments(0)

高瀬神社(南砺市)

富山県南砺市高瀬(旧東礪波郡井波町高瀬)は高瀬神社。
延喜式神名帳越中国礪波郡の高瀬神社に比定される。
越中国一宮(但しニ上射水神社、気多神社も一宮)。
旧国幣小社。旧県社。

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祭神は大己貴命。
配祀として天活玉命、五十猛命。
近世には「高麗権現」、「高麗明神」とも称した。
祭神について江戸時代より一坐説があった。
大己貴命一坐、天活玉命一坐、五十猛命一坐である。
現在は神社由緒書などでも大己貴命が主祭神で、
天活玉命、五十猛命を配祀としている。
末社に功霊殿、高瀬稲荷神社がある。

古く当社とニ上射水神社は越中で最も高い神階を誇り
昇格、叙格も同時に行われている(日本の神々)。
神階は795年(延暦14年)に従五位上、
859年(貞観元年)には正三位に昇叙。
当社を越中国一宮とする記述は鎌倉期成立の
「類聚既験抄」に依るが、
室町後期成立の「大日本一宮記」では、
高岡市の気多神社と当神を混同し、一宮としているという。
古くは両部神道の下で多くの寺院が存在したが、
北条時頼により破壊された。

例祭日9月13日。2011年9月15日参拝。駐車場あり。

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by sionozaki | 2011-10-01 13:25 | 富山県(8) | Comments(0)