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若狭彦神社・若狭姫神社

福井県小浜市は若狭彦神社・若狭姫神社。2011年8月4日参拝。
延喜式神名帳若狭国42坐の一坐で名神大社。若狭国一宮。
最も敬愛する神社の一つ。若狭彦神社拝殿。
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若狭彦神社は竜前に鎮座し、祭神は彦火々出見命(ひこほほでみのみこと)、
若狭姫神社は遠敷に鎮座し、祭神は豊玉姫命(とよたまひめのみこと)。
若狭彦神社が上社、若狭姫神社が下社とされ両社を合わせて若狭比古神社といった。
創建は定かではないが「続日本紀」に宝亀元年(770年)に鹿毛又は神馬を
献上していることからそれ以前と考えられる。
地名大系に依れば、当社に封戸がなされていることから、
721年(養老5年)も強ち否定出来ないとしている。
封戸は806年(大同元年)のことである。
地名大系等はこの様に創建について不詳としているが、
神社由緒書には創建がはっきり書かれており、
上社770年(霊亀元年)9月10日、下社721年(養老5年)2月10日としている。

神格は859年(貞観元年)の「三代実録」に於いて従二位勲八等から
正ニ位に叙せられ、下って1532年(享禄5年)には
正一位勲三等となっている(白水社日本の神々)。若狭姫神社鳥居。
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当社が若狭国一宮となったのは鎌倉時代初期頃と見られる(日本の神々)。
上社の本殿、楼門、神門が、下社の本殿、楼門、神門、社叢が
県指定の文化財となっている。また太刀一振が国重文。三日月宗近の作である。
別当寺として神宮寺が存在する。
神宮寺は上社より南に位置する天台宗寺院である。
また上社のある竜前地区には銅造薬師如来(国指定重文)がある。
像高50.9cm、1248年(宝治2年)の銘のあるもので、上社の本地仏である。

小浜市の西 加斗まで辿り着き黒駒神社などにも参拝しましたが、
今回の福井旅行の寺社紹介はこれで最後となります。
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by sionozaki | 2011-08-21 06:58 | 福井県(36) | Comments(0)

多田寺

福井県小浜市多田は多田寺。読みは「ただ」。
高野山真言宗。石照山。本尊は薬師如来。
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由緒書によれば勝行上人が多田ヶ岳にて修行の末、
749年(天平勝宝元年)に寺を開基したという。
本尊の薬師如来立像、脇侍菩薩立像は国重文。
薬師如来は像高192.5cm、榧材の一木造で
9世紀前半のものと考えられるという。
古来絶対の秘仏であったが、近年開扉され出展もされている。
同じく脇侍仏も秘仏であったが近年公開されている。
一般的に薬師如来の脇侍は日光・月光菩薩であるが、
当脇侍に関してはそうと断言出来ず、
片方は十一面観音と見られるという。
像高154cm、檜材の一木造で、8世紀頃のものと考えられている。
もう一方の脇侍は像高144.2cm、
同じく檜材一木造だが尊名は不定である。
また阿弥陀如来坐像、四天王立像は市指定文化財。

2011年8月4日参拝。駐車場あり。

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by sionozaki | 2011-08-15 16:01 | 福井県(59) | Comments(0)

須部神社

福井県三方上中郡若狭町末野(旧遠敷郡上中郡上中町末野)は
須部神社。読み「すべ」。
延喜式神名帳若狭国三方郡の須部神社に比定される。
国道27号線 倉見峠付近を一本脇に入る。
恵比須社の看板があり、
グーグルマップ上も「恵比須神社」として記載されている。
静岡県浜松市には同訓の
須倍神社がある。
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祭神は蛭子大神、陶津耳命、大国主命。
末野の「すえ」は「陶」と考えられ、
この地は古くより若狭に於ける窯業の拠点であった。
当地より北に約100m向かった場所にある嶌遺跡からは
600点程の弥生式土器などが発掘されている。
創建は不明。
須部神社という名よりも恵比須神社として知られる。
蛭子大神(恵比寿神)を祀っているからであるが、
恵比寿神の勧請は大同年間(806~810年)と見られ、
本来の祭神でないように思う

当社北にある重宝寺は当社の別当寺。

例祭日は4月22日。2011年8月4日参拝。駐車場あり。
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by sionozaki | 2011-08-15 16:00 | 福井県(74) | Comments(0)

闇見神社

福井県三方上中郡若狭町成願寺は闇見神社。読み「くらみ」。
延喜式神名帳若狭国三方郡の闇見神社に比定される。
国道27号線「成願寺」信号機付近を東側に入る。
鳥居横には竹林が広がり、鳥居を越え階段を上がり切ると社殿。
島根県松江市には同訓の神社 久良彌神社がある。
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祭神は沙本大闇見戸売命(さほおおくらみとめのみこと)、
菅原道真公。合祀神社は諏訪神社、愛宕神社、
住吉神社、日吉神社、加茂神社、熊野神社。
合祀年は明治42年。中世は「天神社」、「天満宮」と称した。
創建は不詳(歴史地名大系、日本の神々に記述がない)。
神社明細帳に依ると1846年(弘化3年)に火災に遭い、
由緒書物等を悉く焼失したという(日本の神々、白水社)。
この時難を逃れた「闇見神社発端之事」には、
古くこの付近の池に大蛇が棲み
住民に危害を与えていたが、
垂仁天皇の御世 素盞鳴尊と奇稲田神の化身が現れ大蛇を退治したという。
そして大蛇は二つになり片方は美濃に、
もう片方は若狭に落ちて闇見の神になったという話が伝わる。
山を隔てた滋賀県高島市の酒波寺と関係がある。
成願寺大坊は神宮寺である。
近隣の蓮生寺(若狭町)は真宗本願寺派。

例祭日は4月5日。2011年8月4日参拝。駐車場あり。
三方郡の式内社には佐支神社、彌美神社、常神社、須部神社などがある。

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by sionozaki | 2011-08-13 11:32 | 福井県(72) | Comments(0)

弥美神社

福井県三方郡美浜町宮代は弥美神社。読みは「みみ」。
延喜式神名帳若狭国42坐の内の一坐。
敦賀と小浜を結ぶ国道27号「木野」の信号機を南側に入る。
または27号「川原市」交差点から県道213号で南へ。
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祭神は室毘古王(むろびこのみこ)。
この神は三方郡一帯を治め、土地を開拓した神。
創建は702年(大宝2年)。
当初は現在地より西方に存在した(日本の神々)。
鎌倉時代以後二十八所大明神や二十八所宮と呼ばれた。
その所以は28の神社の神を祀ったことに依る。
この28の神は伊勢・北野・春日・石上・龍田・住吉・氣比
などの大社クラスの大きな神社の神。
「弥美神社縁起」に依れば、
702年(大宝2年)に28の神が祀られたとしているが、
歴史地名大系、 日本の神々ともこれを否定している。
隣接して園林寺がある。園林寺は当社の神宮寺。
本尊の薬師如来は泰澄の手によるものという。

2011年8月3日参拝。駐車場あり。
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by sionozaki | 2011-08-11 05:59 | 福井県(59) | Comments(0)

伊香具神社

滋賀県長浜市木之本町大音(旧伊香郡木之本町大音)は伊香具神社。
延喜式神名帳近江国伊香郡の伊香具神社に比定される。名神大社。
神社の読みは「いかご」、大音の読みは「おおと」。
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古くは大音大明神社と称した。
祭神は伊香津臣命。この神は天児子屋命の5番目の孫とされる。
創建は670円(白鳳10年)より前としている(境内由緒板)。
神階は859年(貞観元年)に従四従下へ、
866年(貞観8年)には従四位上となっている。
1336年(建武3年)には足利尊氏より朱印ニ百石を賜ったが、
時を下って元亀の頃には信長に依って社領を没収される。
更に1583年(天正11年)の賤ヶ岳の合戦の兵火により社殿等を焼失した。
のち1608年(慶長13年)に復興がなされた(由緒板)。
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鳥居は先日紹介した奈良県桜井市の大神神社の三輪式鳥居と
広島県宮島の厳島式を合わせた独自の伊香式鳥居である。
祭神を伊香津臣命とすることに関しては、様々な文書の中で肯定されている。
この辺りには白鳥伝説が伝わる。
これは伊香の小江の津浦という場所に八人の天女が白鳥に姿を変えて現れた。
これを見た漁師(伊香刀美)が衣を剥いでしまい、その天女は天に帰れなくなった。
そして伊香刀美と天女は結婚し、子供をもうけたというものである。
そして伊香刀美こそが伊香津臣命である(境内三の宮神社由緒板)。
三の宮神社の祭神は臣知人命(おみしるびとのみこと)。
その他境内に明治期につくられた招魂社がある。

例祭日不明。2011年8月3日参拝。駐車可。
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by sionozaki | 2011-08-08 05:15 | 滋賀県(54) | Comments(0)

石作神社・玉作神社

滋賀県長浜市木之本千田(旧伊香郡木之本町千田)は石作神社・玉作神社。
長浜市の国道8号「千田」、または「石作神社前」交差点付近。
延喜式神名帳近江国伊香郡の石作神社と玉作神社に比定される。
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祭神 天火明命、玉祖命、誉田別命。
創建は不詳。
元々石作神社と玉作神社は別の神社で、
1472年(文明4年)に合祀された。
元来の石作神社の祭神が天火明命、玉作神社の祭神が玉祖命。
字石作に鎮座していたと考えられる石作神社は
文明3年(1471年)兵火により焼失し、
文明4年(1472年)玉作神社に合祀された。
また同年近隣の地区より誉田別命を合祀した。
この近辺には古く石作に精通した集団と
玉作に精通した集団が住んでいたとみられる。
字石作からは勾玉や砥石などが発掘されており、
当地より南に古墳時代最古の玉作工房群跡がある。
石作部の祖神は天火明命、
玉作部の祖神は玉祖命である。
近世は「石作玉作八幡大明神」と称していた。
境内社に招魂社などがある。
明治38年郷社指定。大正11年県社指定。

境内の東側に玉姫物語に関係する岩が残っている。
玉姫という美しい女性が居ることを聞いた
「伊吹の三郎」という男は当社のある千田の地を訪れ
玉姫のことを気に入った末に嫁に欲しいと言った。
しかし玉姫の父はこれを断り、
怒った「伊吹の三郎」が伊吹山の岩を投げつけたというものである。

例祭日は4月5日。2011年8月3日参拝。駐車場なし。
近隣に真宗大谷派の来入寺、
天台宗の赤後寺などがある。
本年2017年当社に再参拝する予定です。


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by sionozaki | 2011-08-06 03:26 | 滋賀県(144) | Comments(0)

名古屋市~滋賀県長浜市木之本・福井県小浜市 国道8号・27号線

2011年8月は福井県小浜市を目的に旅に出ることにする。
今年になり3度目の宿泊を伴う旅。
何時も行き先を決める時には参拝したい神社・寺院が
複数あることを考えているが、
若狭には重要な社寺が揃っており考える必要がない。
それから長浜市木之本にある伊香具神社にも参拝したいと
以前から思っており、行き先については困らなかった。
伊香具神社は小さな集落の外れにある大社だった。
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滋賀県内ではこの他木之本の石作・玉作神社に参拝し、
その後福井県入りする。
そして弥美神社、宇波西神社、前川神社に参拝した。
この日は一応宿をとるつもりであったが、
持ってきたノートPCのバッテリーの都合で使えず。
敦賀に戻るか小浜まで戻れば宿泊出来ただろうが
まあ車中泊でも良い気がしたので、
水とトイレと駐車場がある所で車中泊する。
名古屋に住む旅好きな敦賀のバイト先のお客さんも
出先では宿を取らないと言っていたので、
それも学生らしくて良い。
夜には名古屋では見られない星空を眺めた。
ずっと空を見上げていると流れ星も見えた。

2日目は27号に沿って朝早くから行動する。
闇見神社、須部神社、多田神社、多田寺、黒駒神社、羽賀寺
若狭姫神社、若狭彦神社、神宮寺、天徳寺と多くの寺社に参拝できた。
国道27号 福井県小浜市西勢付近。
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西勢・加斗などこの付近から見える日本海はとても綺麗。
本当は高浜町まで行き、
青海神社に行きたかったが距離・時間の都合で止めた。
舞鶴には安く泊まることができるホテルがあるので、
このまま舞鶴市入りしても良かったが、そうしなかった。
今思えば宿泊するべきだった。
こんな宛てのない旅行も学生時代しか出来ない。
最後の天徳寺に参拝後、27号を戻って「三宅」の信号より
国道303号、161号にて高島・大津に下りた。
白髭神社を右に過ぎてしまった、
ここも以前から気になっていた神社。

夏場は近間の岐阜県辺りの散策の方が良い気がしました。
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by sionozaki | 2011-08-05 17:49 | 散策の記録・旅日記(30) | Comments(0)