カテゴリ:古墳・陵墓(21)( 21 )

御墓山古墳

三重県伊賀市佐那具町天王下
(旧上野市佐那具町天王下)は御墓山古墳。
三重県最大級の前方後円墳。国指定史跡。
名阪国道でない方の国道25号線「円徳院橋西詰」-「西方寺前」間の南側。
読み「おはかやま」または「みはかやま」。
c0182455_19422423.jpg
前方後円墳で全長約180m。
前方部幅約80m、前方部高さ約10m、
後円部径約100m、後円部高さ約14m(古墳看板)。
墳丘には茸石があり円筒埴輪、形象埴輪が出土した。
時期は5世紀前半と考えられるという。
古老は「オーハカヤマ」古墳と呼ぶという。
未発掘のため不明な点もあるが、
被葬者は孝元天皇皇子の大彦命という説が有力である。
大彦命は伊賀国一宮の敢国神社の祭神である。

近隣に国分寺、楽音寺跡、経塚がある。
楽音寺は中世寺院で円仁の開基。

2016年3月31日訪問。駐車場なし。

[PR]
by sionozaki | 2016-05-01 19:02 | 古墳・陵墓(21) | Comments(0)

太田茶臼山古墳

大阪府茨木市太田3丁目は太田茶臼山古墳。
国道171号「三島丘西」、「西河原」交差点を北へ。
全体的に森になっているのは分かるが、
拝所は住宅地で少し分かりにくい場所にある。
北側に名神高速が通っている。
読み「おおだちゃうすやま」。
継体天皇陵とされ、宮内庁により継体天皇陵に治定される。

c0182455_20033709.jpg
前方後円墳で全長6m。
前方部幅147m、前方部幅147m、前方部高19.8m、
後円部径138m、後方部高19.2m(古墳看板)。
古墳の周囲には幅22m~33mの濠が設けられている。
また陪冢がある。
外堤の発掘調査では円筒埴輪、形象埴輪などが出土、
それらの様子から時期は5世紀中頃と考えられるという。
しかし継体天皇は6世紀に亡くなっていることや(日本書紀)、
「延喜式」に継体天皇陵は摂津国島上郡にあるとあるが、
太田は島下郡であることなどから疑問が生まれた。
これにより継体天皇陵は当地東の今城塚古墳と考えられるようになり、
当墳は継体天皇の曽祖父 である意富富杼王など
継体天皇に関わる人物の古墳の可能性が高い。
出土した円筒埴輪、形象埴輪の多くは、
高槻市土室町の新池遺跡で作られたものである。

すぐ西に太田神社が鎮座している。
太田神社は延喜式神名帳摂津国島下郡の太田神社に比定されるが、
延喜式の版本によっては大田神社と表記され
新撰姓氏録にある中臣大田連に関連するものと考えられる。
また当古墳付近には飛鳥時代に遡ることができる
太田廃寺があり、中臣大田連に関わる地であることがわかる。

2016年3月30日訪問。駐車場なし。
近隣には太田神社のほか、国道171号線沿いに
延喜式神名帳摂津国島下郡の新屋坐天照御魂神社の論社の
新屋坐天照御魂神社(茨木市西河原)がある。
他の論社は新屋坐天照御魂神社(茨木市宿久庄)、
新屋坐天照御魂神社(茨木市西福井)である。


[PR]
by sionozaki | 2016-04-10 20:47 | 古墳・陵墓(21) | Comments(0)

身隠山古墳群

岐阜県可児市広見は身隠山古墳群。
読み「みかくしやま」。
身隠山御嶽古墳、身隠山白山古墳からなる。
c0182455_19362079.jpg
写真は身隠山御嶽古墳。
ともに円墳で、
墳頂に祀られていた神社の名前により
身隠山御嶽古墳、身隠山白山古墳という名がつけられた。
身隠山御嶽古墳は高さ約4.5m、
内行花文鏡、玉類などが出土した。
身隠山白山古墳も高さ約4.5m、
内行花文鏡、車輪石、石製品などが出土。
時期は共に4世紀後半。
昭和32年 岐阜県史跡に指定。

2016年3月10日訪問。
辺りは公園として整備され、公園全体の駐車場がある。
古墳の場所は少し分かりにくいと感じました。
身隠山古墳という名称がとても奥ゆかしいと思います。
近隣に廣見神社(可児市)、
臨済宗妙心寺の中川寺などがある。


[PR]
by sionozaki | 2016-03-15 19:37 | 古墳・陵墓(21) | Comments(0)

琴塚古墳

岐阜県岐阜市琴塚は琴塚古墳。
岐阜県道92号「琴塚4南」交差点の概ね南側。
c0182455_20445911.jpg
前方後円墳で、
全長は115mという規模の大きなものである。
時期は5世紀頃で、
被葬者は景行天皇の妃 五十琴姫命(いごとひめのみこと)という。
当墳・当地の「ことづか」は、
この命の名前に由来しているといわれる。
国指定史跡。

2015年9月9日訪問。駐車場あり。


[PR]
by sionozaki | 2016-03-11 20:40 | 古墳・陵墓(21) | Comments(0)

金縄塚古墳

岐阜県各務原市鵜沼東町は金縄塚古墳。
国道21号「山崎町」交差点の概ね北側、
桑原野山西公園の中にある。
読み「きんじょうづか」。
c0182455_20303210.jpg
円墳で直径は約37m、高さ約6m。
時期は古墳時代前期または中期。
墳名の「金縄」が江戸時代に見つかったという。
この時削ったあとがくっきり残っている。
各務原市指定史跡。
同じ円墳で、当古墳より規模が大きい衣裳塚古墳が
同市鵜沼羽場町にあり、次の機会に行く。

2016年9月9日訪問。駐車場なし。
場所が少し分かりにくい。他の方のサイトに
「きんばえ塚古墳」と読んでしまうとあったけれど、
僕の方は始め「かななわ塚古墳」だと思っていました。
近隣に式内社の村国真墨田神社
赤坂神社がある。


[PR]
by sionozaki | 2016-03-11 20:31 | 古墳・陵墓(21) | Comments(0)

山津照神社古墳

神名帳の坂田郡に記載される山津照神社境内に山津照神社古墳はある。
当地は息長氏の本拠地で、埋葬者は息長宿禰王と推定される。
当古墳は5、6世紀の前方後円墳。滋賀県指定史跡。
c0182455_17432996.jpg

全長は約63m。出土品には獣文鏡、五鈴鏡や馬具、勾玉、管玉などがある。
明治15年山津照神社移転の際には横穴式の石室が発見された。
2013年10月13日訪問。
[PR]
by sionozaki | 2013-10-26 17:44 | 古墳・陵墓(21) | Comments(0)

宮口古墳群

新潟県上越市牧区(旧東頸城郡牧村)は宮口古墳群。
上越市牧区の宮口・八幡堂・清水田にある古墳群で
国指定史跡である。
c0182455_22523999.jpg
凡そ7世紀頃造営の古墳群で、33基が確認されている。
33基の古墳はいずれも円墳で、昭和50年までに発掘がなされた。
当墳の様に密集して存在する古墳例は北陸最北端といい、
特に11号墳は状態が良好で貴重であるという。
武具、馬具、金環、玉などの出土品は、
牧歴史民俗資料館にて展示されている。

2013年5月訪問。駐車場あり。
資料館の拝観は事前の申し込みが必要。


[PR]
by sionozaki | 2013-05-26 23:22 | 古墳・陵墓(21) | Comments(0)

日本武尊白鳥陵

奈良県御所市冨田は日本武尊白鳥陵。
国道309号に「冨田」交差点を東へ向かう。
その先はT字路で白鳥陵を示す簡単な看板がある。
c0182455_1029821.jpg
円墳で明治31年日本武尊陵に治定された。
「日本書紀」に日本武尊は伊吹山の神に敗れ、
大和国に帰る途中に伊勢国能褒野にて埋葬されたが、
その魂は大和国琴弾原、
そして河内国旧市に降り立ったことが記される。
この大和国琴弾原陵が当地に比定される。
三重県亀山市の能褒野王塚古墳、当地の日本武尊白鳥陵、
大阪府羽曳野市の軽里大塚古墳を「白鳥三陵」という。
尚、白鳥陵のある地の小字を「天皇」という。

2013年2月21日訪問。駐車場なし。
近隣に浄土宗の示願寺があり古物を有する。


[PR]
by sionozaki | 2013-03-30 10:32 | 古墳・陵墓(21) | Comments(0)

能褒野王塚古墳

三重県亀山市田村町名越は能褒野王塚古墳。
亀山市内を走る国道306号「八島橋東詰」交差点を東へ、
その先「名越」交差点付近。
付近は「のぼのの森公園」として整備される。
延喜式に載る「能裒野墓」に治定される。日本武尊の御墓。
c0182455_15512398.jpg
日本武尊は景行天皇の皇子で別名小碓命(おうすのみこと)。
九州、出雲、東国の平定後 伊吹山の神に敗れ、
能褒野のこの地で亡くなったと伝える。
当墳は前方後円墳で、全長90m、高さ9m。
4世紀末の築造。周辺には十数基の陪塚がある。
出土品に鰭付朝顔形埴輪と埴輪などがある。
古く大塚・丁字塚と呼ばれた。
能褒野墓は鈴鹿市加佐登の白鳥塚が有力視されていたが、
明治12年当時の教部省は当古墳に決定した。
明治28年に日本武尊を祀る
能褒野神社が創建された。
c0182455_1550797.jpg
当地に埋葬後 その魂は大和国琴弾原、
そして河内国旧市に降り立ったことが記され、
三重県亀山市の能褒野大塚古墳、当地の日本武尊白鳥陵
大阪府羽曳野市の軽里大塚古墳を「白鳥三陵」という。

2013年2月7日訪問。駐車場は「のぼのの森公園」にあり。

[PR]
by sionozaki | 2013-02-19 16:31 | 古墳・陵墓(21) | Comments(0)

小田中古墳群

石川県鹿島郡中能登町小田中(旧鹿島郡鹿島町小田中)は小田中古墳群。
国道159号「高畠西」交差点付近。
北陸最大規模の古墳。小田中の読みは「こだなか」。
c0182455_20351824.jpg
古墳群は親王塚古墳・亀塚古墳から形成され、
ともに崇神天皇の皇子 大入杵命墓とされる。
親王塚古墳は円墳で、時期は4世紀後半から4世紀末という。
もとは「親王」でなく「新王」という説がある。墳頂に神社があった。
亀塚古墳は前方後円墳。
明治8年皇室墓及び陪塚に指定。
昭和に中能登町指定史跡。
出土品に三角縁神獣鏡と管玉があり、
小田中の白久志山御祖神社の神宝となっている。
三角縁神獣鏡は中国製と日本製双方の特徴がみられる鏡で、
鏡の製作地を考える上で重要なものである。

2011年9月15日訪問。駐車場なし。
近隣のに真宗大谷派の徳照寺(中能登町)、徳蓮寺(中能登町)、
真宗本願寺派の願成寺(中能登町)がある。

参拝の記録
JR七尾線 能登部駅から徒歩10分程度。
すぐ近くに「ほまれ」・「遊穂」の蔵元 御祖酒造がある。


今回の旅行の参拝経路
神明社(南砺市菅沼)ー住吉神社(南砺市皆葎)皆蓮寺
白山宮(南砺市上梨)大鋸屋神社ー瑞泉寺(南砺市)ー
善徳寺(南砺市)ー級長戸辺神社(南砺市)ー長楽寺神社ー
高瀬神社(南砺市)羽咋神社気多大社
小田中古墳群気多神社(高岡市)
高岡関野神社八幡神社(高山市久々野町小屋名)


[PR]
by sionozaki | 2011-10-04 20:30 | 古墳・陵墓(21) | Comments(0)