カテゴリ:奈良県(40)( 40 )

當麻寺

奈良県葛城市當麻(旧北葛城郡當麻町當麻)は當麻寺。
国道166号「竹内」交差点付近。
高野山真言宗・浄土宗並立制。二上山。本尊 當麻曼荼羅。
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豪族 當麻氏の氏寺で、
当麻寺縁起に依れば天武天皇9年(680年)に着工し
金堂、講堂、東西両塔は天武天皇13年(684年)に完成という。
もと聖徳太子の弟 磨呂子皇子が建立した禅林寺を
現在地に移したものとみられるという。
「大和志」にも禅林寺として当寺の名が見える。
当寺蔵の綴織当麻曼荼羅図(国宝)を有していることで著名で、
この曼荼羅をもとにした説話、信仰が広まった。
綴織当麻曼荼羅図について「諸寺縁起集」護国寺本に、
「当麻寺 麻呂子親王造之、西堂有藕糸織浄土観量寿経文、
長一丈五尺、広一丈二尺、天平宝字七年癸卯六月廿三日」とあり、
天平宝字7年(763年)には完成していたという。
傷みが激しくなるとともに曼荼羅の転写がなされ、
このうち西山浄土宗の証空(善恵、1177年~1247年)は
信濃国(現在の長野県)善光寺に納めた。国宝 西塔。
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本堂(曼荼羅堂)、東塔、西塔、西塑造弥勒仏坐像、
当麻曼荼羅厨子、當麻寺梵鐘、綴織当麻曼荼羅図は国宝。
金堂、講堂、薬師堂、乾漆四天王立像などは国指定重要文化財。
この頃 東塔、西塔を具える寺は当寺のみであったともいわれる。
また梵鐘(国宝)は作風から日本最古級と推定され、
當麻寺創建当時からのものと考えられるという。

2011年11月16日参拝。駐車場あり(有料)。
近隣に平田春日神社がある。

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by sionozaki | 2011-12-16 15:46 | 奈良県(40) | Comments(0)

諸鍬神社(葛城市)

奈良県葛城市弁之庄(旧北葛城郡新庄町弁之庄)は諸鍬神社。
国道165号「弁之庄南側」交差点付近。
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祭神は応神天皇、神功皇后、比売命。
近隣10ヶ村の鎮守で、
愛知県愛西市の式内社 諸鍬神社からの勧請である。
古く「宇佐八幡」と称した。

例祭日は不明。2011年11月16日参拝。駐車可。


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by sionozaki | 2011-12-15 23:16 | 奈良県(40) | Comments(0)

久米御縣神社

奈良県橿原市久米町は久米御縣神社。
奈良県道33号「久米河原南」交差点付近。久米寺が隣接する。
延喜式神名帳大和国高市郡の久米御縣神社に比定される。
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祭神 高皇産霊神、大来目命、天槵根命。
創建は不詳。
延喜式神名帳には「久米御縣神社三坐」とある。
境内樹林の中に磐座(臥龍石)があり古代の神社と考えられる。
720年(養老4年)成立の「日本書紀」の垂仁天皇27年紀に
「屯倉を来目邑に興す」とあるのは当社の記述であるという。
久米氏の祖神である大来目命を奉斎したものと考えられ、
天槵根命も久米氏に関係の深い神という。
久米氏が衰退すると当社も衰えるが久米寺が建立されると
その鎮守として天神社・久米宮が創建された。
近世は「天神社」、「天満宮」と称されていた。
明治初年神仏分離により寺の敷地から移動。
境内社に皇大神社(祭神 天児屋命、誉田別命、大日霊貴命)、
熊野神社(祭神 伊奘冉命)がある。

例祭日は10月14日前後。2011年11月16日参拝。駐車可。


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by sionozaki | 2011-12-15 15:05 | 奈良県(40) | Comments(0)

久米寺(橿原市)

奈良県橿原市久米町は久米寺。
奈良県道33号「久米河原南」交差点付近。久米御縣神社が隣接する。
真言宗御室派。霊禅山。本尊 薬師如来。
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寺伝に依れば第33代推古天皇の勅願により
来目皇子(くめのおおうじ)が創建と伝える。
来目皇子は聖徳太子の弟。また久米仙人の創建とも伝える。
久米仙人を開基とする説話は「多武峯略記」、「扶桑略記」に載る。
当地を本拠とする久米氏の氏寺である。
空海の遺書から東西の二つの塔を備える大寺であったという。
久米寺多宝塔は国指定重要文化財。
1659年(万治2年)京都 仁和寺から移築されたものである。

2011年11月16日参拝。駐車場あり。


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by sionozaki | 2011-12-15 14:44 | 奈良県(40) | Comments(0)

橘寺

奈良県高市郡明日香村橘は橘寺。
国道169号の岡寺駅前を東へ向かう。明日香村役場付近。
天台宗。仏頭山。本尊 聖徳太子。聖徳太子建立七大寺の一。

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創建は不明。
720年(養老4年)完成の「日本書紀」天武天皇9年(680年)4月条に
「橘寺尼房失火、以焚十房」とある。
大阪府羽曳野市の野中寺(高野山真言宗)弥勒像の台座の銘に
「丙寅年四月大旧八日癸卯開記 栢寺智識之等詣中宮天皇大御身労坐之時 
請願之奉弥勒御像也 友等人数一百十八 是依六道四生人等此教可相之也」とあり、
この栢寺を当寺とする説がある。
野中寺の弥勒像は銅造弥勒菩薩半跏思惟像で、
その作成年は666年(天智天皇5年)で国指定重要文化財。
昭和の発掘調査により東に正面を置き中門、塔、金堂、講堂を
東西に一直線に並ぶ四天王寺式の伽藍配置であることが分かった。
橘寺境内は国指定史跡。
木造聖徳太子坐像、木造伝日羅立像、木造如意輪観音坐像、
木造地蔵菩薩立像、絹本著色太子絵伝、石灯籠は国指定重要文化財。

2011年11月16日参拝。駐車場不明。拝観料あり。
周辺に飛鳥坐神社、石舞台古墳、亀石がある。


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by sionozaki | 2011-12-14 16:30 | 奈良県(40) | Comments(0)

談山神社

奈良県桜井市多武峯は談山神社。
国道165号「薬師町」交差点を南へ向かう。
旧別格官幣社。現在は別表神社。

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祭神 藤原鎌足。創建は678年(天武天皇7年)。
もと寺院であり「多武峯寺」または「多武峯妙楽寺」と称した。
藤原鎌足の死後 鎌足の長男定慧が唐より帰国し
多武峯山頂に遺骨の一部を埋葬したことに始まる。
定慧は唐で見た宝池院を模し、十三重塔その他の堂宇を建て妙楽寺と称した。
701年(大宝元年)には鎌足像を安置し聖霊院を建立、
これらを合わせて多武峯寺が構成された。
寺を構成する二つの寺はのちに対立、塔を信仰の中心に置く妙楽寺側と
鎌足像を中心に置く聖霊院側で意見が分かれた。
926年(延長4年)に神々と鎌足神像を合祀した惣社がつくられた。
江戸時代には神道勢力が優勢、明治初年の神仏分離では神社となった。
明治2年談山神社に改称。
境内社に神明神社、杉山神社、山
神神社などがある。

粟原寺三十塔伏鉢は国宝。粟原寺は当地付近にあった寺。
談山神社十三重塔、談山神社本殿、談山神社拝殿、神廟拝所、
末社比叡神社本殿、権殿、閼伽井屋、拝殿、楼門、東宝庫、西宝庫、
石燈籠、摩尼輪塔などは国指定重要文化財。

例祭日は11月17日。2011年11月16日参拝。駐車場あり。拝観料あり。


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by sionozaki | 2011-12-14 13:27 | 奈良県(40) | Comments(0)

石上神宮

奈良県天理市布留町は石上神宮。読み「いそのかみ」。
奈良県51号線「布留」交差点付近。
延喜式神名帳大和国山辺郡の石上坐布都御魂神社に比定される。
また境内の出雲建雄神社を出雲建雄神社は、
延喜式神名帳大和国山辺郡の出雲建雄神社の論社。
他の論社は葛神社(奈良市都祁)、奈良市の雄神神社。
名神大社。旧官幣大社。布留山の麓に鎮座。
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祭神 布都御魂神。また布留御魂神、布都斯御魂神、
宇摩志麻治命、五十瓊敷命、白河天皇、市川臣命を配祀する。
古来は拝殿後方は禁足地で何もなかった。
後世に禁足地の発掘が行われ、七支刀などが発見された。
創建は不詳。
第10代崇神天皇の御代 伊香色雄命が当地に奉斎したという。
879年(元慶3年)成立の「文徳天皇実録」に正三位、
901年(延喜元年)成立の「日本三代実録」に従二位の神階の記述がある。
平安時代後期白河天皇は当社を特に崇敬、
宮中の神嘉殿を拝殿として寄進した。
境内社に出雲建雄神社、天神社、八王子神社、猿田彦神社などがある。
明治4年官幣大社指定。出雲建雄神社拝殿。
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出雲建雄神社祭神は出雲建雄神。
社伝では第40代天武天皇の頃の創建という。
拝殿は内山永久寺の守護の住吉社の拝殿で、
永久寺の廃仏毀釈後に氏子らにより移築されたものである。
石上神宮拝殿、摂社出雲建雄神社拝殿、七支刀は国宝。
石上神宮楼門、鉄盾、色々威腹巻、
硬玉勾玉などは国指定重要文化財。

例祭日は10月15日。2011年7月12日参拝。駐車場あり。

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by sionozaki | 2011-07-27 16:05 | 奈良県(40) | Comments(0)

大神神社(桜井市)

奈良県桜井市三輪は大神神社。読み「おおみわ」。
国道169号「三輪」交差点付近。
延喜式神名帳大和国城上郡の大神大物主神社に比定される。
大和国一宮。名神大社。三輪山を神体とする古社。
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祭神 大物主大神。また大己貴神、少彦名神を配祀する。
本殿を持たず、拝殿の裏手には山のみとなっている。
平安期の「新抄格勅符抄」天平神護元年(765年)の条に当社の記述がある。
また近隣にある纏向遺跡との関連がある。
纏向遺跡は紀元前220年頃の大規模な遺跡で、
三輪山から遺跡の成立と同時期と考えられる祭祀の跡が発見されている。
当社の鳥居は三ツ鳥居という独特の鳥居を持つ。
これは明神鳥居の両端に小型の鳥居を組み合わせたもので、
いつ頃からあったか不明とする。
明治4年官幣大社指定。拝殿。
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拝殿は1664年(寛文4年)の造立。
大神神社境内は国指定史跡。
大神神社拝殿、三ツ鳥居、朱漆金剛装楯、
紙本墨書周書、また摂社大直禰子神社社殿は国指定重要文化財。
神仏混淆に於いては桜井市内に
大御輪寺、浄願寺、平等寺などが存在した。
いずれも廃寺となっているが、平等寺は関連する草庵が残っている。
別当寺大御輪寺(おおみりんじ)が有していた十一面観音は、
現在桜井市の聖林寺が有している。

例祭日は4月9日。2011年7月12日参拝。駐車場あり。


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by sionozaki | 2011-07-24 14:36 | 奈良県(40) | Comments(0)

葛神社(宇陀市)

奈良県宇陀市榛原山辺三(旧宇陀郡榛原町山辺三)は葛神社。
国道165号沿いの山辺三簡易郵便局付近。
すぐ東に鎮座する篠畑神社の摂社である。
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祭神 天照大御神。
本来の祭神は豊耜入姫命と倭姫命の二柱という。
天照大御神は同殿同床からの脱却のため安住の地を求め諸国を巡るが、
「皇太神宮儀式帳」では美和御諸原の後、
菟田の阿貴宮に遷り、次に佐々波多宮、伊賀の空穂宮と続く。
「倭姫命世紀」では笠縫邑の後、
丹後国吉佐宮、次に大和国伊豆加志本宮に遷り、
次に紀伊国奈久佐浜宮、吉備国名方浜宮、大和国弥和乃御室嶺上宮、
大和国宇多秋宮、そして大和国佐佐波多宮、伊賀国市守宮、伊賀国穴穂宮、
近江国坂田宮、美濃国伊久良賀波乃宮、伊勢国野代宮と続く。
この「大和国佐佐波多宮」は当社とする説がある。
もと「九頭大明神社」と称していた。
境内社に三輪明神社、垣内磐座社などがある。
特殊神事に「歯固めの神事」がある。

例祭日不明。2011年1月25日参拝。駐車可。
社務所の写真しかないので、次回参拝の際に差し替えます。

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by sionozaki | 2011-01-29 16:56 | 奈良県(40) | Comments(0)

飛鳥寺(明日香村)

奈良県高市郡明日香村大字飛鳥は飛鳥寺。
国道214号「雷」の南東。日本最古級の寺院。
式内社 飛鳥坐神社の概ね西側にある。
真言宗豊山派。鳥形山。本尊 釈迦如来。
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日本最古の本格的寺院であった法興寺の後身寺院。
蘇我氏の氏寺で6世紀末から7世紀始めの創建である。
720年(養老4年)成立の「日本書紀」に、
587年(用明天皇2年)蘇我馬子により発願、創建とある。
飛鳥時代には天皇の病気平癒祈願など中心的な役割を果たした。
都が平城京に移ると元興寺(奈良市)に機能を移し、
それに対し元元興寺と称されたが、
1196年(建久7年)焼失し廃寺となる
長い間釈迦如来像を安置する堂のみがあった。
昭和31年より本格的な発掘調査が行われ寺域は南北290m、
東西200~250mの規模があったことが確認された。本堂。

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銅造釈迦如来像は高さ約275.2mのもので国指定重要文化財。
606年(推古天皇14年)または609年(推古天皇17年)
鞍作利止により造立されたものである。
また飛鳥寺跡は国指定史跡。

2010年9月29日参拝。駐車場あり(有料)。拝観料あり。
近隣に宗の来迎寺、蘇我入鹿首塚、飛鳥坐神社がある。


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by sionozaki | 2010-10-28 02:00 | 奈良県(40) | Comments(0)