能褒野王塚古墳

三重県亀山市田村町名越は能褒野王塚古墳。
亀山市内を走る国道306号「八島橋東詰」交差点を東へ、
その先「名越」交差点付近。
付近は「のぼのの森公園」として整備される。
延喜式に載る「能裒野墓」に治定される。日本武尊の御墓。
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日本武尊は景行天皇の皇子で別名小碓命(おうすのみこと)。
九州、出雲、東国の平定後 伊吹山の神に敗れ、
能褒野のこの地で亡くなったと伝える。
当墳は前方後円墳で、全長90m、高さ9m。
4世紀末の築造。周辺には十数基の陪塚がある。
出土品に鰭付朝顔形埴輪と埴輪などがある。
古く大塚・丁字塚と呼ばれた。
能褒野墓は鈴鹿市加佐登の白鳥塚が有力視されていたが、
明治12年当時の教部省は当古墳に決定した。
明治28年に日本武尊を祀る
能褒野神社が創建された。
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当地に埋葬後 その魂は大和国琴弾原、
そして河内国旧市に降り立ったことが記され、
三重県亀山市の能褒野大塚古墳、当地の日本武尊白鳥陵
大阪府羽曳野市の軽里大塚古墳を「白鳥三陵」という。

2013年2月7日訪問。駐車場は「のぼのの森公園」にあり。

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by sionozaki | 2013-02-19 16:31 | 古墳・陵墓(21) | Comments(0)
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