猿投神社

愛知県豊田市猿投町大城は猿投神社。
読み「さなげ」。三河国三宮。
延喜式神名帳三河国賀茂郡の挟投神社に比定される。

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祭神は大碓命、相殿に景行天皇、垂仁天皇。
大碓命は景行天皇と天皇の皇后である
播磨稲日大郎姫(はりまいなびのおおいらつめ)の子であり、
日本武尊と双子であるとされる。
当社の伝承によると大碓命は美濃に封じられたあと、
当地方の開拓に尽くしたが、
景行天皇52年に猿投山に登る中途で
蛇毒に嚙まれなくなったという。

背後の猿投山は629mの山で、
南麓の神郷下遺跡からは6千を超える
土器や土器片が出土している。
猿投山周辺の古墳や遺跡から
創建は3世紀から5世紀頃と見られる。
「さなげ」の語源について由緒書に
山の形が鐸(さなぎ)に似ている、
縁起にある猿を海に投げたことによるもの、
鐸を枝につけた特殊な祭祀を行っていたなどが挙げられている。
個人的には「さなげ」は鐸(さなぎ)に
求められるのではないかと思う。
鐸とは鉄滓(てつかす)などの荒金のことで
角川書院「地名の語源」の「さなげ」の項目にも、
「さなぎ」が記されている。
当社には左鎌を奉納する習慣があるが、
この習慣は岐阜県郡上市の星宮神社にもある。

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宝物を多く有し、
平安期の太刀、鎌倉期の太刀、
平安期の樫鳥糸威鎧は国指定重要文化財。
鎌倉時代1304年の神号額、
江戸時代1601年の馬面は愛知県指定重要文化財。
その他にも典籍、古文書を有する。

平安時代には神仏習合が完成しており(歴史地名大系)、
現在も本地仏の千手観音像や観音像が残る。
神宮寺として猿投山白鳳寺が存在したが、
境内にある遺構がそうであるのか不明という。

例祭は10月の第2土、日曜日。2012年8月20日参拝。
近隣に薬師堂、式内社の広沢神社、舞木廃寺などがある。

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by sionozaki | 2012-09-02 14:41 | 愛知県(294) | Comments(0)
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