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三重県志摩市磯部町上之郷は佐美長神社。読みは「さみなが」。
伊雑宮摂社。延喜式神名帳志摩国3坐の内の一坐。 駐車場がないので、磯部神社(次に紹介)に駐めて歩くのが良いと思われる。 ![]() 祭神不明(色々調べてみましたが見つかりませんでした)。 延喜式に於いては同島坐神乎多乃御子神社 (あわしまにますかみかみおたのみこじんじゃ)と記されている。 明治以前は大歳社と呼んでいた。 倭姫命世紀には「鶴の穂落とし伝承」がある。
三重県志摩市磯部町上之郷は伊雑宮。読みは「いざわのみや」。
志摩国一宮、皇大神宮別宮。延喜式神名帳志摩国3坐の内の二坐。 2012年4月15日参拝。4月3日に名古屋から伊勢に引っ越して、最初の寺社散策となる。 志摩国の式内社は他に同市の佐美長神社がある(鳥羽の伊射波神社も論社)。 ![]() 祭神は皇大御神御魂(あまてらしますすめおおみかみのみたま)。 相殿に玉柱屋姫命(たまはしらやひめのみこと)。 祭神について磯部氏の祖先伊佐波登美命(いざわとみのみこと)と、 玉柱屋姫命の2柱とする説もある。 創建は垂仁天皇の御代とされる(由緒書)。 倭姫命が内宮にお供物をとる場(御贄地)を探し志摩国を訪れ、当社を創建した。 これは倭姫命世紀の記述に依る。 志摩国の一宮が当社であるか鳥羽市の伊射波神社であるのかについて 現在では当社と見ることが一般的であるようだ。 内宮、外宮の本殿撮影禁止に基づき、当社も社殿の撮影を控えた。 毎年6月24日に御田植祭(磯部の御神田)がある。 今年他の都合があるので、行こうか行かまいか悩んでいます。
京都府京都市西京区大原野南春日町は大原野神社。2012年5月12日参拝。
大学の参拝見学(参拝旅行)で訪れる。 式内社でない。旧官幣中社で現在は別表神社となっている。鳥居。 鳥居を過ぎると風光明媚な参道が続き本殿となる。 ![]() 祭神は健甕槌命(たけみかづちのみこと)、伊波比主命(いわいぬしのみこと)、 天児屋根命(あめのこやねのみこと)、比咩大神(ひめのおおかみ)。 伊波比主命は経津主命(ふつぬしのみこと)の別名。 当社の創建は784年(延暦3年)。 桓武天皇が平城京から長岡京に都を移した際に、奈良の春日社より春日明神を 勧請したことにはじまる。 社殿の造営時期は江戸時代の慶安年間(1648年~1652年)。 その他摂社に仁徳天皇を祀る樫本神社がある。 地名大系には特殊神事として御弓祭や相撲神事があって、 現在は行われていないとあるが、現在は復刻され其々1月と9月に行われているようだ。 すぐ近くに天台宗勝持寺がある。例祭は4月8日。 今回の参拝旅行では八坂神社や岩清水八幡宮などに参拝しましたが、 写真の都合により紹介しません。
伊勢に引越し専攻科の課程に在籍して2ヶ月弱が過ぎた。
この間は平日毎日の講義以外にも実習や記念式典、 参拝見学(旅行)などがあって本当に多忙だった。 5月は過ごし易い上に、水田の美しい一年で最も麗しい季節であるから どうしても旅をしたくなり、和歌山県新宮市に出掛ける。 伊勢市からは国道42号に辿り着きさえすれば、それを南下するのみ。 一本道で新宮市へと向かうことができる。 42号に出てから最初に目に付いた神社は佐那神社。 静かな風景を保つこの神社は式内社で、夫婦杉や池が目を引く。 以降書き掛けです・・・・・・ 先に前に行った神社の紹介が終わってからにします。 今回の旅では佐那神社、川添神社、瀧原宮、長島神社、尾鷲神社、木本神社、飛鳥神社 神内神社、烏止野神社、花窟神社、熊野速玉大社、阿田和神社、神倉神社、 阿須賀神社など15社作成します。
岐阜県中津川市田瀬(旧恵那郡福岡町田瀬)は観音堂。
三千櫻酒造の隣の細道を山側に登った所にある。2012年3月17日参拝。 ![]() 本尊は十一面観音。市の文化財に指定されている。 その他観音脇侍の不動明王と金剛童子、弘法大師像を安置する。 堂宇はもと田瀬小学校付近にあり、1925年(大正14年)に現在地に移った。 観音菩薩像は立像。木造で高さ90cm。金色の彩色が施される。 制作年代は不明。 明治初年の廃仏毀釈時には同じ恵那郡の坂下町法力屋に移され、難を逃れた。 中津川市苗木にあった苗木藩は松本藩、桑名藩などと共に 強烈な廃仏毀釈を行った藩として知られる。
岐阜県多治見市小田町は本土神社。2012年3月17日参拝。鳥居。
![]() 祭神は猿田彦命、庭津日命(にわつびのみこと)。 創建は不詳(歴史地名大系)。猿田彦命は伊勢市の猿田彦神社からの勧請である。 別当寺として長福寺があり、現在も神社向かいに存在する。 境内に宝篋印塔があるが、これは御獄神社にあったものである。 記年銘はないが、室町時代初期のものと推定される。
岐阜県多治見市御幸町は新羅神社。2012年3月17日参拝。読みは「しんら」。
福井県の同名神社と区別する為に括弧を付ける。駐車場あり。鳥居。 ![]() 祭神は素戔鳴命、八王子神、八幡神の3柱。また相殿に西宮夷神を祀る。 地名大系では1394年(応永元年)に新羅大明神を勧請したことを 創建としているが、由緒書には平安時代に田只味明神(八王子神)を祀ったことを はじまりとしている。新羅明神の勧請地は不明。 更に境内の看板には奈良時代前期に鎮座とあり、大きな乖離がある。 地名大系の記述の根拠は当社の神職の須賀家の文書に依っている。 また当初のご神体はであった と記述がある。 室町期に山城国から素戔鳴命を勧請している。 現在の社殿は1848年(嘉永元年)の建立である。 別当寺として演寿院があった。 文化財指定には社殿(本殿か拝殿か不明)、燈籠2基、棟札31枚がある。 全て市指定。例祭は10月15日。 境内社に稲荷神社、多賀神社、神明社、神武社、御鍬社がある。
長野県下伊那郡阿智村智山は阿智神社。2010年6月参拝。
読みは「あち」。延喜式神名帳信濃国48坐の内の一坐。 岡山県倉敷市にも阿智神社があるので括弧。 祭神は八意思兼命(やこころおもいかねのみこと)、 表春命(うわはるのみこと)。表春命は八意思兼命の子である。 併せて誉田別命、建御名方命(たけみなかたのみこと)、 大山咋命(おおやまくいのみこと)。由緒書の大山「昨」命は誤り。拝殿。 ![]() 南信(長野県南部)に於ける式内社は当社と 下伊那郡下条村の大山田神社のみ。 当社を式内阿智神社とすることに関しては異説がある。 阿智村駒場の安布知(あふち)神社も有力とされるからである。 安布知神社も天八思兼命を祭神としている。 平凡社歴史地名大系では当社の創建について記述されていないが、 由緒書に依れば創建は206年(孝元天皇5年)としている。 この年の春正月に八意思兼命は表春命と手力男命を連れ 阿智の地に降誕し、阿智祝(あちのおふり)の祖となったという。 阿智神社には前宮と秋宮があり、拝殿画像は前宮のものである。 奥宮裏手の河合陵(かわあいのみささぎ)には磐座があり、 古代祭祀を考える上で重要なものである。例祭は10月14日。
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